「バル」と「ハンドボール」ーー
実はこれ、どれも山口県の地方銀行が進めている取り組みです。
一見、銀行業務からかけ離れたように見える取り組みですが、背景には低金利時代を生き抜かなければならない地方銀行が抱える切実な問題があります。
ことし3月期の決算では、全国の地方銀行のおよそ7割で最終的な利益が減少していて、新たなビジネスモデルの確立が急務となっています。
これまでの銀行の在り方にとらわれない、大胆な経営戦略を取材しました。(山口放送局記者 當眞大気 大友瑠奈)
金庫室は個室に… 支店にバル!?
ことし7月、山口県長門市で、山口銀行の支店がリニューアルオープンしました。
1階のほとんどのスペースが、スペイン料理やワインを提供する飲食店「バル」。
看板メニューのパエリアをはじめ、地元産の魚介類や野菜がふんだんに使われています。これまで地元にはなかったような、おしゃれな雰囲気が売りです。
現金などを保管する「金庫室」だった場所は、個室に改修され、気兼ねなく食事ができると家族連れなどに人気の席です。
では、銀行本来の窓口は?というと、大幅に縮小され、行員も半分に削減されました。
この支店では、ATMの利用増加や来店客の減少でスペースが余り気味だったということで、有効に活用しようと、バルの併設に踏み切ったのです。
奇をてらったようにも見える支店のリニューアル。実は、すべての支店を対象に進めている「支店改革」の第1弾なのです。
取り組んでいるのは、山口銀行や北九州銀行、それに広島市のもみじ銀行を傘下に置く「山口フィナンシャルグループ」。総資産は10兆円を超え、地元を代表する企業の一つです。
しかし、長引く低金利で収益を上げるのが難しくなっていて、ことし3月期の決算では最終利益が2期ぶりの減益となりました。
「われわれの営業エリアは、人口減少や中小企業の後継者不足の問題など、いずれ全国に広がっていくであろう課題が、最初のほうに現れてくる地域だと認識しています。ゆったりしている状況ではないという危機感は、毎日痛いほど持っています」
模索する「新たな支店の姿」
再び成長につなげるための、新しいビジネスモデルは何か。銀行がたどりついた1つのアイデアが、銀行以外の業態と協力して魅力的な店舗を作り集客力の向上につなげよう、というもの。
「支店改革」は、若手社員が中心の戦略会議のもとで進められています。
取材した日は、支店にジムを併設するという大胆なアイデアが出されていました。「私のまわりでは、広島でも山口でも、仕事終わったらボルダリング行くんだよって人が結構いますよ」
「運動した分のデータと連動して保険料が下がるっていう保険を商品として扱う、みたいなサービスを考えるとおもしろいかもしれないね」山口銀行では今後、住宅街にある支店に保育施設を併設したり、国の名勝「錦帯橋」に近い支店で観光拠点としての機能をもたせたりすることを目指しています。
「ハンドボール」で地域の課題解決?
グループが掲げる、もう一つの経営戦略の柱が「地域の課題解決」です。
その一環として山口銀行は去年、周南市でハンドボール女子の社会人クラブチームを新たに発足させました。
いわゆる「企業スポーツ」が下火になる中、しかもハンドボールが、なぜ、地域の課題解決につながるのか。
チームの顔ぶれを見れば、その答えは見えてきます。
チーム「ワイエムGUTS」のメンバーは11人。いずれも山口県出身です。
実は、山口県は国体で優勝するなどハンドボールが盛んな地域ですが、社会人や大学チームがほとんどなく、長く競技を続けるには県外に出るしかありません。
銀行は、こうした事情が、いま山口県が抱える最大の課題を象徴していると考えたのです。それは「人口減少」です。
山口県の人口は135万5000人余り(ことし9月1日現在)。年におよそ1万人と、全国平均を上回るペースで減少が続いています。
その大きな要因と指摘されているのが、若い世代の県外流出です。
県外への転出者が県内への転入者を上回る転出超過の数は去年3300人余りに上り、そのほとんどが15歳から29歳の若者です。
資産を預けたり、住宅ローンを借りたりするなど、将来にわたって「顧客」となりうる若者が県外に流出するのは、地方銀行にとっても大きな痛手です。
若者を山口県にとどめ、少しでも顧客の維持につなげようという対策の1つが、ハンドボールチームの創設だったのです。
若者が定着できるチーム作り
メンバーの1人、石丸優里菜さん(20)は、県外の強豪大学からの誘いを断って、チームに入団しました。
決め手は、地元で働きながらハンドボールができるという環境でした。
「山口県で社会人としてハンドボールを続けられるのがワイエムGUTSでした。環境も整えてもらって、会社の人たちからもすごく応援されて、とてもハンドボールを楽しくできています」
銀行では、若者たちに大きな魅力を感じてもらえるチームにしようと、手厚いサポート体制を整えました。
まず、選手たちを正社員として採用。定時で仕事を終えられるよう職場ぐるみで協力し、練習時間をしっかり確保してもらっています。
さらに、若者が重視するワークライフバランスも徹底しようと、試合のある土日は勤務扱いにして、必ず振替休日を設けています。
仕事と競技のバランスがとれた生活を送ってもらい、将来の不安を感じることなくハンドボールに専念してもらうことが、選手たちの定着につながると考えているのです。
さらに、チームでは地元の小学生チームの練習にも参加するなど、県内での競技のすそ野拡大にも力を入れています。
ハンドボールを通して、将来を担う子どもたちにも、地元の魅力を感じてもらおうというのです。「学業で1度、山口県から出ていくというのはあるかもしれませんが、ぜひ戻ってきてもらわないといけない。生活するにも、働くにも、いいという環境を整えていきたい。山口県でハンドボールが強くなるという、地域を挙げてのスポーツになるとうれしい。地域を元気にする何かの起爆剤になればと思っています」(吉村社長)
厳しい経営環境 打開できるか
長引く低金利で収益を上げられず、人口減少で顧客基盤も失われる。地方銀行の経営環境は厳しさを増しています。
「バル」「ハンドボール」といった、一見、変わった取り組みは、銀行が抱える強い危機感の表れです。
新しいビジネスモデルの確立と地域の活性化をともに実現できるのか、地方銀行の挑戦の行方が注目されています。
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