およそ1年前の11月19日、日産自動車・ルノー・三菱自動車工業を率いてきたゴーン元会長が逮捕され、3社による巨大自動車メーカー連合の経営体制は大きく変わりました。これをきっかけに表面化したのが、連合の軸となる日産とルノーの立場の違いです。日産の経営の主導権をめぐって両社の対立が緊迫した時期もありました。しかし、先月に日産の新しい経営陣が固まったことで、3社連合は本腰を入れて具体的な協力を話し合うスタートラインに立ち、先週、協議のためにルノーのスナール会長が来日しました。
ルノーは日本メーカーにどう向き合うのか。そして3社連合はどこに向かっていくのか。そのヒントを得ようとスナール会長に密着し、動きを追いました。
(ロンドン支局記者 栗原 輝之)
初めてカメラがとらえた会長室
スナール会長の一連の取材にあたって私がルノーにどうしても撮影したいと交渉したのが、パリ郊外にあるルノー本社の会長執務室でした。
ことし1月にルノーの会長に就任したスナール会長は、3社連合のトップで作る会議で議長も務めています。
3社連合のキーマンがその将来をどのような場所で考えているのか、自分の目で確かめたかったのです。世界のテレビ局で初めて撮影が許可されたのは、日本に出発する直前の先月28日午後でした。
役員フロアの奥にある会長室に、スナール会長は私たち取材クルーを招き入れました。執務用のデスクと6人掛けのテーブルでいっぱいになる大きさで、フランスを代表する企業のトップの部屋にしてはかなり質素な印象です。一角には日産、三菱自動車、それにルノーのミニカーが並んでいました。連合誕生から20周年を祝う記念の品です。
窓の外にはセーヌ川を中心とする町並みが広がります。
見下ろしながらスナール会長はこう明かしました。
「とても大きなプレッシャーを感じる時にはこの風景を眺めて、気持ちを落ち着かせます」どのようなプレッシャーなのか説明はありませんでしたが、就任以来、筆頭株主のフランス政府から求められている日産との関係強化で具体的な道筋を示せていないだけに、強い焦りがあるのだろうと感じた瞬間でした。
来日の目的は“新たな一歩”
日本に着いた翌日の先月30日朝。スナール会長は横浜にある日産の本社に向かいました。
私はスナール会長の隣に座り、ビデオカメラで会長の表情を追いました。会長の執務室でのリラックスした状態に比べると、表情は緊張しているようでした。
今回の協議には、12月に就任する内田誠次期社長ら日産の新しい経営陣が初めて出席することになっていました。このため、3社連合が前進していることを示す機会だとして、スナール会長は今回の来日をこれまで以上に重要視していました。
何を決めるつもりなのか尋ねたところ、「議論をする前にはっきりしたことは言えないが、連合の将来に向けていくつかの提案を話し合い、新たな一歩を踏み出すことになる」ということでした。
具体的な答えは得られませんでしたが、新体制のもとで前向きな結論にこぎ着けたいという思いがにじみ出ていました。
その夜、スナール会長のツイッターに新しい投稿がありました。日産の内田次期社長や三菱自動車の益子会長らとともに撮った写真には、「2020年は目前で、私たちは新しい時代の入り口にいます」ということばが添えられていました。
将来ビジョンは数週間で目に見える形に
次の日、東京・渋谷区にあるNHKの放送センターにスナール会長を招いて単独インタビューを行いました。まず尋ねたのは、日産や三菱自動車との今回の協議で何を話し合ったかです。スナール会長は、3社連合の重要性を新しいメンバーで確認したことを強調しました。
そのうえで3社の持つ技術を共通化し、より強化していく方策を話し合ったことを明らかにしました。
「協議は非常に前向きで、今後数週間のうちにその内容が目に見える形になります。このことは、3社連合はさらに強くなるので将来は心配ないというメッセージを、各社の従業員たちに送ることになるでしょう」電動化や自動運転、つながる車など、大変革の時代をどう戦い抜くか、近く、具体的な戦略を打ち出そうとしているものとみられます。
ルノーへの不満 十分に認識とアピール
気になるのは、日産が求めている資本関係の見直しをどうするかです。ルノーは日産の株式の43%を保有していますが、規模で勝る日産は、経営の自主性を主張して見直しを求めています。
これについてスナール会長は、「あらゆる可能性はあるが、優先すべきことではない」と述べ、将来話し合うこと自体は否定しなかったものの、当面、棚上げすべきだという認識を改めて示しました。
代わりに強調したのが、日産や三菱自動車との信頼関係の構築です。
「3社連合の中心は、人です。各社の従業員に、連合の一員であることに満足し、平等に扱われていると感じてもらい、お互いを尊重しあってもらう必要があります。このことは何よりも優先すべきことです」日産の中には、技術や利益の面でルノーを支えているにもかかわらず、開発の進め方や人事などさまざまな面でルノーの意向がとおりやすいことへの強い不満が存在します。
このことが、ルノーへの不信感や将来への不安につながっている側面があります。
スナール会長は、こうした問題が連合を前に進めるうえで大きな障害になっていることを十分に認識しているとアピールしたのです。
3社連合は十分強いが、拡大も…
今回のインタビューでスナール会長は、3社連合の拡大の可能性にも言及しました。
日本滞在中、FCA=フィアット・クライスラーが、PSA=プジョー・シトロエンと対等合併を目指すことで合意したと発表しました。FCAは以前、スナール会長がルノーとの統合を模索していたメーカーです。
将来、ほかのメーカーを3社連合に引き入れる可能性はあるのかという問いに、スナール会長はこのように答えました。「3社連合だけで十分強く、生き残っていけると、はっきり申し上げておきたい。ただ将来、3社連合がより高い魅力を持つようになれば、規模を大きくする機会があるかもしれません」(スナール会長)
正念場はこれから
インタビューの最後、就任以来の自身の働きをどう評価するか尋ねました。
スナール会長は「人は謙虚でなければならず自分自身の評価などできません。異なる文化を理解しあうために最善を尽くすだけです」と述べて、日産などの信頼を取り付けたい考えを繰り返しました。
自動車業界は100年に1度と言われる大変革の時期にあり、各メーカーは新しい技術への対応を迫られています。しかし、3社はこの1年、新しい体制づくりに追われ、他社に比べると将来に向けた戦略への備えで出遅れた感もあります。
日産や三菱自動車との協力なくして激動の時代を乗り切ることはできないだけに、スナール会長は、信頼の障害になる強引なやり方はとらないと繰り返しながら、戦略の具体化を急いでいるのです。
新しいスタートラインに立った3社連合が、新たな体制のもとで効果的な生き残り策を打ち出せるのか。そして、将来にわたる成長の土台となる強固な関係を構築できるのか。スナール会長の経営手腕が問われるのはまさにこれからです。
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